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高感度地震観測網・Hi-netの概要
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1. 目的及び内容
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平成7年1月に発生した兵庫県南部地震(マグニチュード7.3)およびそれに伴う阪神・淡路大震災を契機に,
地震に関する調査研究の推進のための体制整備等を目的として,
議員立法による「地震防災対策特別措置法」が平成7年6月16日公布,同年7月18日施行されました。
この法律に基づき,同日付けで科学技術庁長官(現在は,文部科学大臣)を本部長とする
「地震調査研究推進本部」が新たに総理府(現在は,文部科学省)に設置され,
政策委員会と地震調査委員会を2本の柱として,活動を開始しました。
この推進本部の重要な仕事のひとつとして,総合的な調査観測計画の策定と実施があり,
政策委員会の下に設けられた調査観測計画部会を中心として検討が進められた結果,
以下のような基本方針が定まりました。
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- 基本目標 : 地震による災害の軽減に資する地震調査研究の推進
- 目的 :
- (1) 地震現象の解明及びそれに基づく地震の発生予測
- (2) 地震動の解明とそれに基づく地震動の予測等
- 施策 : 総合的な調査観測計画の中核として,以下の基盤的調査観測を推進する
- (1) 地震観測
- 1) 陸域における高感度地震計による地震観測(微小地震観測)
- 2) 陸域における広帯域地震計による地震観測
- (2) 地震動(強震)観測
- (3) 地殻変動観測(GPS連続観測)
- (4) 陸域及び沿岸域における活断層調査
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上記施策のうち,高感度地震計による微小地震観測については,
防災科学技術研究所がこれまで関東・東海地域に展開してきた高感度地震観測網をひとつの見本として,
同様の施設を全国的に整備することとなりました。
この新しい高感度地震観測網を防災科研Hi-netと呼んでいます。
高感度地震観測施設は,人間には感じられない非常に小さな地震による揺れまでキャッチするために,
なるべく静かな場所を選んで深さ100m以上の観測井戸を掘削し,その底部に観測計器を設置します。
小さな地震は発生する頻度が非常に高いために,このような観測を実施することによって,
各地域における地震の活動度や地震の発生様式,地下の構造等を精密に把握することが,
迅速にできるようになると期待されています。
【高感度地震観測の成果】
左図は,ある1年間の紀伊半島周辺における地震の震央位置の分布を表します。
左は1998年,中央は2001年のデータで,前者はHi-net建設前,後者は建設後になります。
後者は和歌山市付近(四角枠内)で非常にたくさんの地震が決まっていることが分かります。
1998年よりも2001年の地震活動の方が活発だったのでしょうか。
右図は,この枠内で発生した地震について,
その規模(マグニチュード, M)別に積算した地震の個数を表しています。
一般に,小さな地震ほど多く発生し,
積算地震個数の対数値はMに対して右下がりの直線状に並ぶということが経験的に知られています。
この図を見ると,1998年のデータではM1.5周辺で直線性が壊れている
(これよりも小さい地震を検知できていない)のに対し,2001年は,
M0.9周辺まで直線性が維持されています。
Hi-netを整備することによって,この地域では小さな地震も活発に発生していることが分かりました。
この他,2001年の地図からは,地震の線状配列(活断層等による地殻の傷)を多く見ることができます。
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2. 観測点の配置
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内陸で発生する地震の規模は,通常,地震時に破壊する断層面の大きさと変位量に依存します。
このうち,断層の長さや変位量をあらかじめ推定することは非常に困難ですが,
内陸地震が発生し得る深さの限界を把握することができれば,
経験的に断層面の最大幅を予測することができます。
内陸で起きる地震の深さは通常15〜20km以浅です。
それらの地震の深さを精密に決定して,起こり得る地震の最大規模を推定するためには,
観測点の間隔を概ね20km程度にする必要があります。
この考えに基づき,新しく構築された高感度地震観測網・Hi-net 観測点の配置は,
以下のような基本的方針にしたがいました。
- 日本全国に,約20kmメッシュを基本として観測点を配置する(全国で約1,000点)。
- 気象庁や国立大学等による既存の地震観測点の近傍は避け,観測体制の空白地域から優先的に配置する。
- 上記の配置を終えたのち,既存点の観測能力等を見直し,必要な更新等を行う。
また,必要な離島への観測点配置を行う。
下の図は,高感度地震観測網整備の変遷を示しています。
Hi-netの整備前の地震観測点(左図。色は観測点を管理している機関を表します)は,
首都圏や東海地方等の地震学的に注目されていた地域や大学,
研究機関の所在地周辺に偏った分布になっていました。
Hi-netは,日本全国ほぼ均質な観測点配置となるよう,整備をすすめています
(右図。色は観測点を建設した年度を表します)。
■具体的な地点選定の進め方については,
「Hi-net観測施設の整備」をご覧下さい。
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3. 観測点の構成とデータの収集
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高感度地震観測施設は,観測計器を設置する観測井戸と地上の観測小屋から構成されています(右図)。
地表は,車や工場,波浪等の影響による雑微動が大きく,
高感度の地震観測を行う上では大きな障害となります。
Hi-netでは,比較的雑微動が小さい場所に深さ100m以上の観測井戸を掘削し,その孔底に,
水密耐圧性の容器に納めた高感度の地震計が設置されています。これによって,
人間には感じられないような,ごく小さな地震までをキャッチすることができるようになります。
地震計としては,固有周期1秒の高感度速度型地震計3成分(上下,東西,南北)をセットにして用います。
ただし,高感度の地震計だけでは,大きな地震動のときに記録が振り切れてしまうため,
大きな震動まで記録できる強震計3成分も孔底に設置しています。
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また,これと同時に,地表にも強震計を設置し,
地下の地盤に入ってきた地震波がどのように変容して地表を揺らすかを調査するためのデータを取得します。
この強震計による観測は,
基盤強震観測網(KiK-net)
と呼んでいます。
Hi-netは長期間にわたる安定したデータ取得が求められているため,
観測井戸に設置される地震計はセメント埋設型とせず,引き上げ修理が可能なタイプを採用しました。
観測井戸の深さは,堆積層の厚さや雑微動の大きさを考慮して決められました。
下図に,観測井戸の深さ別の観測点数を示します。
深さが1000mを超える観測井戸は,首都圏,近畿圏,中京圏といった大都市圏に位置しています。
最も深い観測井戸は,埼玉県さいたま市にある岩槻観測点の3510mです。
波形データは即時的に(リアルタイムで)防災科研のほか,気象庁にも伝送され,
震源情報などの結果は,気象庁からの速報の形で防災関係機関等に伝えられるほか,
地震調査委員会による地震活動の現状把握や,全国の研究者による地震の調査研究等,多面的に利用されています。
これらの各種センサーの動きは微弱な電気信号に変えられ,
信号ケーブルを通じて地表の観測小屋に設置された「AD変換装置」に導かれます。
Hi-netのデータは,ここで1秒間あたり1000サンプルのデータとしてデジタル化されたのち,
デシメーション処理され,周波数100Hz,分解能27bitのデジタルデータとして整形されます。
このデータは1秒単位の「パケット」にまとめられ,ネットワーク上に送信されます。
データには,GPSから取得した時刻情報が付与されます。
Hi-netの各観測点と茨城県つくば市にある防災科研地震観測データセンターとの間は,
IPネットワークで接続されています。
各観測点でパケット化されたデータは,IP-VPN網を介して,24時間連続的にデータセンターへ伝送されています。
データセンターでは,各観測点から収集された連続波形データをとりまとめて保存するとともに,
震源決定等の処理や様々な研究に活用しています
研究成果のページ)。
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4. データの共有と公開
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防災科研Hi-netは,2000年10月の本運用スタートにあわせて,
インターネット上でHi-netの波形データや暫定震源情報の公開を開始いたしました。
これに先立つ1997年10月より,防災科研や国立大学等の独自に高感度地震観測を実施している各機関は,
そのデータを気象庁に送信し,
気象庁が一元的に解析することにより標準的な震源カタログを構築するプロジェクトが開始されました。
この震源カタログを「気象庁一元化処理震源情報」と呼んでいます。
防災科研Hi-netは,この枠組みにしたがって,運用開始当初より気象庁にデータを提供し,
一元化震源情報の高度化に寄与して参りました。
高密度に分布するHi-net観測点のデータは,2007年10月より一般向け提供が始まった緊急地震速報にも活用され,
重要な一翼を担っています。
一方,2003年6月からは,Hi-netの波形データとあわせて,
各機関のデータについても防災科研が蓄積ならびに公開することとなりました。
当ホームページでは,Hi-netや各機関地震観測網による波形データのほか,
連続波形データを利用するための参考情報として,
気象庁一元化処理震源の暫定処理結果やその震源情報に基づくイベント波形データも併せて公開しています。
なお,波形データおよびそれに関連する情報の利用に際しては,
利用統計を取得するため,ユーザ認証制を採用させて頂いております。詳しくは,
ユーザ登録のページ
をご覧ください。
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Hi-net観測施設の整備
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1. Hi-net観測点整備の概要
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新たな高感度地震観測網として防災科研Hi-netを建設する際の流れを紹介します。
◆1-1. 机上での配点計画の作成
観測点建設を始めるにあたって,「どこに観測点を作る必要があるのか」を調べなくてはなりません。
まずは,以下の手順にしたがって,地震観測網が手薄で地震観測に適した地点を机上で探します。
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日本列島の重心(137°42′44″E,37°30′52″N:
国土地理院ホームページ
による)を原点として,
日本列島全体をGauss-Kruger図法で投影し,一辺20kmの正三角形グリッドを作り,
その格子点のうち海中にあるものを除いて,座標リストを作る。
ただし,離島は20km 間隔グリッドの概念から外れるため,別途考慮する。
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上記リストのうち,既存の地震観測点(国土地理院「微小地震観測施設要覧」及び,
その後に追加された既設点)から12〜15km以内に位置する格子点を除く。
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上記格子点を大縮尺の地図上で確認し,電気・電話のない山岳地帯や,鉄道・高速道路,
海岸線の真上といった不適格地点は,半径5kmくらいの範囲内で適当と思われる場所へ移す。
5km内に適地がない場合,その候補点は除外する。
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各地点につき,資料でわかる範囲で,地質および環境条件
(国立公園,急傾斜地,保安林,地滑り地帯,都市域,巨大振動源(巨大工場),砕石場等),
必要掘削深度,工法(ケーシング段数等),経費概算等について調査する。
掘削深度については,先第三系の基盤深度等を勘案しますが,地表から岩盤の場合であっても,
気象の影響等による地表付近の雑微動を避けるために,最低100mは掘削することとしました。
逆に,地質条件の悪い場合や,幹線道路に近い等,ノイズ環境の悪い場合には200〜300mの掘削も考慮しました。
大市街地等の観測条件の悪い場所では1000m級の観測井が必要な場合もあります。
◆1-2. 借地可能な候補地点の推薦
高感度地震観測施設は,長期間にわたり安定した観測を実施することが求められています。
したがって,技術的な事項のみならず,
半永久的な地震観測用地として借地可能な土地が得られるかどうかが大きな問題となります。
このため,市町村等に対し,以下に示すような設置条件を満たし,かつ借地が可能であるような候補地点を,
できれば複数個所推薦して頂きます。
- 地質・地形条件
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設置点の地質条件としては,
中新統前期ないしそれより古い地層もしくは深成岩が50m以浅に分布しているのが最適である。
ただし,石灰岩層は,鍾乳洞等があるので,避けた方がよい。
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顕著な断層破砕帯付近,深層風化(とくに花崗岩地帯),地滑り,
山崩れ等を起こしやすい地質・地形条件の場所は避ける。
- 社会・環境条件
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新幹線・高速道路から3km以内,鉄道・主要幹線道路から1km以内,
砕石場・発電所・大工場・瀑布等の震動源から0.5km以内,生活道路・急流等から 30m以内の場所は避ける。
山地ならば支流沿いで行止まりないし交通量の少ない谷地が望ましい。
平坦地ならば,主要地方道からできるだけ離れた場所が望ましい。
山の上はできるだけ避け,可能な限り谷地を選定すること。
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土地借用上の問題からは,
学校・公民館・公園・神社・寺等の公共施設もしくはそれに準じる施設の用地内が望ましい。
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用地の面積(観測施設20〜40㎡,
ほかに作井および観測小屋設置作業用に200㎡ほど)
が確保でき,地形条件・道路条件が作業に適していること(4トン車が入れば充分)。
また,水利のあることが望ましい(川があれば利用可,水道があれば業者支払い,何もない場合は給水車利用)。
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電力および電話回線の引き込みが可能な場所であること。引き込み線の長さは,100m以下であることが望ましい。
- 電気的ノイズを拾わないため,高圧電力線の直下は避けること。
- 長期間の観測を可能にするため,近い将来に開発の予定されている地域は避けること。
◆1-3. 現地調査・交渉
上記で推薦された各候補地点において,地質条件・環境条件・工事の難易度等,
技術的側面として必要な事項につき,地質コンサルタント等の専門家による調査を行います。
この調査結果を受けて研究者が現地に赴き,
複数の候補地点の中から高感度地震観測施設としてもっとも適切な候補地を選定すると同時に地元へのあいさつ,
借地交渉を行ないます。
◆1-4. 全体実行計画の策定・設置地点の決定
現地調査がひととおり終了した段階で,経費を含めた当該年度の全体実行計画を策定し,
実際に高感度地震観測施設を設置する地点を決定します。
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◆1-5. 観測点の建設
観測井の掘削は,現地に200〜250㎡の工事用敷地を確保して機材を配置し,
図に示すような掘削装置によって行います。
掘削のためのやぐらの大きさは,脚部が約5m四方,高さ約15mです。
掘削した孔内には3重のケーシングパイプを挿入し,その外側は全長をセメンティングして周囲から閉鎖します。
したがって,観測井周辺の地下水系には影響を与えません。
観測井の完成後,孔底部のケーシングパイプに設けたキー溝の方位を測定して,
設置時に水平動の地震計が正しく南北と東西に向くよう調節を行ったのち,
地震計等を収納した観測装置を孔底に設置します。
観測装置は全長約3mで,底部は台座に着底し,
頭部はバネ式の固定器によって周囲のケーシングパイプに固定されます。
観測装置には,信号ケーブルのほかに吊りワイヤが取り付けられており,
このワイヤを引張ることにより固定器が外れ,観測装置を回収することが可能です。
観測施設の完成後,現地観測所は常時無人とし,担当者が定期的に巡回して,施設及び機器の保守・点検を行います。
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2. 今後のHi-net観測点整備の方針
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防災科研Hi-netは,北海道から九州まで約800の地点で地震の観測を行っています(2008年末時点)。
現時点でほぼ日本全国を網羅する観測網となりましたが,種々の現実的な事情によって,
一部の地域では,当初計画通りの観測点密度となっていません。
また,準基盤観測施設として初期段階では設置候補から除外した旧来の関東東海観測網や国立大学や気象庁等,
関連機関による既設観測点についても,高感度地震観測施設としての能力を評価し,
必要な観測点については更新や移設等の措置を行なう必要があります。
また,第1段階で別途考慮として除外した離島についても,必要な観測点の配置を行なっていかなくてはなりません。
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