スローイベント発生域の地震波速度構造
   西南日本では,東海地域から豊後水道にかけて,深部低周波微動(以下,微動)が発生しています(Obara, 2002)。 微動に同期して,継続期間が数日程度の短期的スロースリップイベントも発生しています(Obara et al., 2004)。 さらに,東海地域と豊後水道の下では,継続期間が数ヶ月から数年程度の長期的スロースリップイベントも発生しています (Hirose et al., 1999;   Ozawa et al., 2002;   Ohta et al., 2004;   Hirose and Obara, 2005;   Yamamoto et al., 2006) これらを総称して,スローイベントと呼びます。 防災科学技術研究所では,これまでに整備した高感度地震観測網により得られた地震波の到達時刻のデータを用いて, 西南日本における地震波速度構造を推定し,スローイベントの発生の仕方が, 特徴的な構造によって影響を受けることを明らかにしました。
本研究は2009年にTectonophysics誌に掲載されました。
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図1
図1 本論文の結果の解釈図。
この研究で得られた主要な成果は図1に示すように,
  • 長期的スロースリップイベントが発生する領域では, 高VP/VS域が微動域だけでなく, 浅い海溝軸側へも伸びて存在すること
  • 微動や短期的スロースリップイベントは高VP/VS域であるが, P波速度などを考慮すると蛇紋岩化マントルと フィリピン海プレート最上部の海洋性地殻の境界で発生していると考えられること
です。

   深さ30kmのVP/VS構造と微動発生域を比較すると(図2), 微動や短期的スロースリップイベントは 高VP/VS域に沿って分布しています。 このことは,Honda and Nakanishi (2003)等によっても報告されています。
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図2
図2 深さ30kmにおけるVP/VS分布。
紫の☆は微動の分布を示す。
黒い線は,図3〜7の断面の位置を示す。
   微動が活発に起こっている領域である 東海・紀伊半島北部・紀伊半島南部・四国西部・豊後水道の速度構造断面をそれぞれ図3〜図7に示します。 東海地域(図3)と豊後水道(図7)では, 微動は高VP/VS域の中に分布します。 本研究で得られたP波速度と VP/VSと岩石実験のデータ(Christensen, 1972)を考慮すると, この領域には15〜25%程度蛇紋岩化したウェッジマントルが存在すると考えられます。 一方,海溝軸側の浅い領域も高VP/VSになっています。 この2つの地域では,長期的スロースリップイベントも観測されています。 浅い部分におけるP波速度は6.8km/s程度と遅く, この領域はフィリピン海プレートの海洋性地殻・そこから脱水した流体・ 陸側のユーラシアプレートの下部地殻が存在する領域であると考えられます。 長期的スロースリップイベントは,フィリピン海プレートと陸側下部地殻との境界で, フィリピン海プレートから脱水した流体により間隙水圧が上昇することにより発生しているのではないかと考えられます。
   一方,長期的スロースリップイベントは観測されていない紀伊半島北部(図4)・ 四国西部地域(図6)では, 微動は高VP/VS域の海溝側の端に存在します。 これらの高VP/VS域には,速度を考慮すると, 15〜25%程度蛇紋岩化したウェッジマントルが存在すると推定されます。 これらの領域では,高VP/VS域が浅いほうへは広がっていません。
   紀伊半島南部(図5)では,微動は高VP/VS域の内陸側で発生しています。 この領域の高VP/VS域は深さ20〜35kmという浅いところに分布します。 温度や速度などを考慮すると, この高VP/VS域はユーラシアプレートの下部地殻やフィリピン海プレートとの境界部に, フィリピン海プレートから解放された水が存在することによるものと考えられます。 一方,微動の発生している領域の深い側では, 深さ40〜50km付近にやや高VP/VSになっている領域があります。 速度などから,この領域では,部分蛇紋岩化したウェッジマントルが存在していると考えられます。
   このことから,微動が発生している付近の高VP/VS域は, 部分的に蛇紋岩化したウェッジマントルが存在していると考えられ, フィリピン海プレートが部分蛇紋岩化したウェッジマントルと初めて接触する付近で微動が発生していると考えられます。 また,部分蛇紋岩化ウェッジマントルとの接触によりややすべりやすいことから, スロースリップイベントも短期的に発生すると考えられます。 一方,東海地域や豊後水道の下のように, 高VP/VSが海溝側まで広がって分布しているところで長期的スロースリップイベントが発生し, これらは,ユーラシアプレートの下部地殻とフィリピン海プレートの海洋性地殻の間に, フィリピン海プレートから解放された水が存在することにより,高VP/VS域が海溝側まで広がり, 高間隙水圧になることによりゆっくりとしたすべりが発生すると考えられます。 この領域では,地殻物質同士に水が加わった状態のため,ややすべりにくく, 長期間にわたるスロースリップイベントになると考えられます。
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図3
図3 東海地域の速度構造。
紫の☆は深部低周波微動の分布を示す。
黒い点は,微小地震の分布を示す。
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図4
図4 紀伊半島北部の速度構造。
紫の☆は深部低周波微動の分布を示す。
黒い点は,微小地震の分布を示す。

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図5
図5 紀伊半島南部の速度構造。
紫の☆は深部低周波微動の分布を示す。
黒い点は,微小地震の分布を示す。

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図6
図6 四国西部の速度構造。
紫の☆は深部低周波微動の分布を示す。
黒い点は,微小地震の分布を示す。

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図7
図7 豊後水道の速度構造。
紫の☆は深部低周波微動の分布を示す。
黒い点は,微小地震の分布を示す。
█ 参考文献
  • Christensen, N.I., 1972. The abundance of serpentinites in the oceanic crust. J. Geol. 80, 709-719.
  • Hirose, H., Obara, K., 2005. Repeating short- and long-term slow slip events with deep tremor activity around the Bungo channel region, southwest Japan. Earth Planets Space 57, 961-972.
  • Hirose, H., Hirahara, K., Kimata, F., Fujii, N., Miyazaki, S., 1999. A slow thrust slip event following the two 1996 Hyuganada earthquakes beneath the Bungo Channel, southwest Japan. Geophys. Res. Lett. 26, 3237-3240.
  • Honda, S., Nakanishi, I., 2003. Seismic tomography of the uppermost mantle beneath southwestern Japan: seismological constraints on modeling subduction and magmatism for the Philippine Sea slab. Earth Planets Space 55, 443-462.
  • Obara, K., 2002. Nonvolcanic deep tremor associated with subduction in southwest Japan. Science 296, 1679-1681.
  • Obara, K., Hirose, H., Yamamizu, F., Kasahara, K., 2004. Episodic slow slip events accompanied by non-volcanic tremors in southwest Japan subduction zone. Geophys. Res. Lett. 31, L23602. doi:10.1029/2004GL020848.
  • Ohta, Y., Kimata, F., Sagiya, T., 2004. Reexamination of the interplate coupling in the Tokai region, central Japan, based on the GPS data in 1997-2002. Geophys. Res. Lett. 31, L24604. doi:10.1029/2004GL021404.
  • Ozawa, S., Murakami, M., Kaidzu, M., Tada, T., Sagiya, T., Hatanaka, Y., Yarai, H., Nishimura, T., 2002. Detection and monitoring of ongoing aseismic slip in the Tokai region, central Japan. Science 298, 1295-1298.
  • Yamamoto, E., Matsumura, S., Ohkubo, T., 2006. A slow slip event in the Tokai area detected by tilt and seismic observation and its possible recurrence. Earth Planets Space 57, 917-923.

█ 関連論文
  • Matsubara, M., K. Obara, and K. Kasahara 2008, Three-dimensional P-and S-wave velocity structures beneath the Japan Islands obtained by high-density seismic stations by seismic tomography, Tectonophysics, 454, 86-103, doi:10.1016/j.tecto.2008.04.016.
  • Matsubara, M., H. Hayashi, K. Obara, and K. Kasahara, 2005, Low-velocity oceanic crust at the top of the Philippine Sea and Pacific plates beneath the Kanto region, central Japan, imaged by seismic tomography, J. Geophys. Res. 110, B12304, doi:10.1029/2005JB003673.
  • Matsubara, M., N. Hirata, H. Sato, and S. Sakai, 2004, Lower crustal fluid distribution in the northeastern Japan arc revealed by high resolution 3-D seismic tomography, Tectonophysics, 388, 33-45, doi:10.1016/j.tecto.2004.07.046.