沈み込むプレート境界の浅部から深部にいたる
3つの異なる「スロー地震」の連動現象の発見
|
|
◇ ポイント ◇
- 豊後水道周辺域で,性質の異なる3種類のスロー地震 (※1)
が約6年に1度のペースで連動して発生していることを見出しました。
- これらのスロー地震の発生場所は,1946年南海地震(マグニチュード8.0)の震源域の西側に隣接し,
南北に100km以上の範囲に広がって分布していることが分かりました。
- これらのスロー地震活動は,海溝型巨大地震発生時における破壊過程や,
地震発生の準備過程に影響を与えている可能性があります。
1.はじめに
独立行政法人 防災科学技術研究所(理事長:岡田義光;以下,防災科研)および
国立大学法人 東京大学地震研究所(所長:平田直)は,
防災科研が運用する高感度地震観測網(Hi-net ※2)のデータおよび,
国土地理院が運用するGPS観測網(GEONET ※3)のデータを解析し,
① 深さ30〜40kmで発生する深部低周波微動(※4)
② 深さ30km付近で発生するスロースリップイベント(※5)
③ 深さ5km付近で発生する超低周波地震(※6)
の3つの異なる「スロー地震」が,2003年と2010年にいずれも連動して発生したことを発見しました。
これらのスロー地震は,海溝型巨大地震である1946年南海地震の震源域の西側に隣接した場所で発生しています。
そのため,スロー地震活動が,海溝型巨大地震の破壊域の広がりおよび準備過程に影響を与えている可能性が考えられます。
この成果は,12月10日に,米国科学雑誌
サイエンス
に掲載されました。
Hitoshi Hirose, Youichi Asano, Kazushige Obara, Takeshi Kimura, Takanori Matsuzawa, Sachiko Tanaka,
Takuto Maeda (2010), Slow Earthquakes Linked Along Dip in the Nankai Subduction Zone,
Science, 330, 1502.
2.背景
1995年に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を契機として,国の施策に基づき,
日本全国を高密度にカバーする高感度地震観測網(Hi-net)およびGPS連続観測システム(GEONET)の整備が,
それぞれ防災科研および国土地理院によって進められてきました。
これらの観測網から得られるデータは研究者等に広く公開され,地震の調査研究等に役立てられています。
このような世界に類をみない最先端かつ高密度な観測網により,
それまで知られていなかったさまざまな地球科学的な現象が,世界に先駆けて明らかになってきました。
そのうちの一つがスロー地震です。
西南日本では,沖合の南海トラフから,
フィリピン海プレートと呼ばれる海洋プレートが日本列島の地下に年間約6センチメートルの速度で沈み込んでいます。
この沈み込むプレートと,その上側の陸側プレートの境界は,20km程度の深さまでしっかりと固着しており,
海洋プレートの沈み込みに伴って徐々に歪を蓄積していると考えられています。
この固着している部分では100〜200年に一度,歪が限界に達し,固着が剥がれ,
マグニチュード8を超える海溝型巨大地震が発生しています。
最も最近では,1946年(昭和21年)12月21日にマグニチュード8.0の南海地震が発生し,
四国や紀伊半島に甚大な地震・津波被害をもたらしました。
一方,近年明らかになってきたスロー地震は,プレート境界に沿って固着域の深い側,
および浅い側で発生しています(図1参照)。
固着域の深部側では,深さ約30km〜40kmの範囲に,
豊後水道から長野県南部の約600kmの帯状領域で深部低周波微動(※4)が,さらに,
この微動域からやや浅い部分にかけて,
年単位の継続時間を有する長期的なスロースリップイベント(※5)
が豊後水道や東海地方で発生しています。
また,固着域浅部側の南海トラフ近傍では,超低周波地震(※6)が発生しています。
これらのスロー地震が発見されるまでは,プレート境界は,将来巨大地震が発生する場所である固着域と,
その深部で歪の蓄積を伴わずにプレートが沈み込む定常すべり域の2つに分かれていると考えられていました。
しかし,近年発見されてきたスロー地震は,固着域と定常すべり域の間で繰り返し発生する,
遷移的なすべり現象であることが分かってきました。
このことから,その発生が固着域に歪をさらに蓄積すると予想されるため,
巨大地震の準備過程を知る上でスロー地震のモニタリングは非常に重要であると考えられます。
これまでの研究で,
継続時間が1週間程度の短期的なスロースリップイベントが微動と時間的・空間的に同期して発生したり,
長期的なスロースリップイベントの発生によって微動が活発化することなど,
異なる種類のスロー地震が関連していることが分かってきています。
しかし,浅部の超低周波地震については,他のスロー地震との関連がよく分かっていませんでした。
今回の研究で,この超低周波地震が,微動やスロースリップイベントと関係していることがはじめて明らかとなりました。
|
▲このページの先頭へ
|
3.研究成果
我々はこれまでに,高感度地震観測網(Hi-net)およびGPS連続観測システム(GEONET)のデータから,
微動,スロースリップイベント,超低周波地震の震源を推定する手法を開発してきました。
これらの手法に基づき,観測網データが利用可能になって以降の過去10年弱の期間のデータを解析し,
豊後水道で発生するそれぞれのスロー地震の位置,活動時期を比較しました
(図2,図3)。
その結果,2003年と2010年に発生した長期的なスロースリップイベント
(図3の灰色の期間,GPS記録のゆっくりとした変化)の期間に,
この領域で発生する微動のうちの南東側(図2の赤色の点)での活動
(図3の赤色の線)と,
足摺岬南方沖の超低周波地震(図2のピンクの丸印)の活動
(図3のピンク色の線)が,
2回のイベントとも,同時に活発化していたことが分かりました。
一方で,豊後水道の微動のうち,北西側(図2の青色の点)の活動は,
スロースリップイベントが発生している期間中も,
それまでと変わらない定常的な活動が続いていたことが分かりました。
このようなスロー地震の同時発生の原因は,まだ解明されていませんが,
発生した現象の特徴から以下のことが推測されます。
まずそれぞれの現象の規模は,スロースリップイベントがマグニチュード6.8なのに対し,
浅部の超低周波地震はマグニチュード4程度,微動はマグニチュード1程度と,
エネルギーで考えると桁違いに規模が異なります。
また,スロースリップイベントに伴って活発化した微動の場所は,
推定されたスロースリップイベントのすべり域にほぼ重なっています(図2)。
このことから,活発化した微動はスロースリップイベントのすべりによって,
プレート境界面上の微小な固着が剥がされることで同期発生すると考えられます。
また,北西側の微動活動がスロースリップイベントの発生に関わらず定常的であることは,
スロースリップイベントのすべり域がその場所には及んでいないことを示します。
一方の超低周波地震の発生場所は,
推定されたスロースリップイベントのすべり域との間が100km程度離れており(図2),
両者の関係は明確ではありません。しかし,これは陸上の観測だけでは,
スロースリップイベントのすべり域がどこまで南に延びていたかを精度よく知るのは困難であるためと考えられます。
超低周波地震と他のスロー地震との同時性や,スロースリップイベントのすべり域と微動発生との関係から推論すると,
我々は,超低周波地震もスロースリップイベントによって引き起こされたと考えています。
すなわち,スロースリップイベントのすべり域が超低周波地震の場所まで達し,
陸上の観測網ではとらえることができないほどの小規模のすべりによってその周辺の歪が急激に増大し,
超低周波地震が発生するという仮説を提案します。
|
▲このページの先頭へ
|
4.この研究の意義
プレート境界付近で発生するスロー地震は,隣接する固着域,
つまり将来巨大地震が発生する領域に影響を与えていると考えられます。
したがって,スロー地震の中で最も規模が大きく,
今回の連動現象の主な原動力と考えられるスロースリップイベントの広がりを把握することは大変重要なのですが,
GPSなどの観測点から離れた海域におけるすべりを検知することは困難です。
しかし,本研究では初めて,
南海トラフ付近の超低周波地震とスロースリップイベントとの関連性を示す結果を得ることができました。
これは,GPSなどでスロースリップイベントを直接とらえることが難しい海域でも,
超低周波地震を監視することによって,間接的にスロースリップイベントを把握することができ,
ひいては固着域への歪の蓄積状況をモニタリングできる可能性を意味しています。
また,我々の仮説が正しければ,固着域のすぐ隣で,6年に一度のペースで,
プレート境界面の深部から浅部までがすべっていることになります。
すなわちその場所では常に歪が解放されていると考えられ,海溝型巨大地震の発生時には,
地震の破壊の伸展を食い止める役割を果たすかもしれないと考えられます。
1946年南海地震の時の破壊は,紀伊半島の潮岬沖から始まり,それが西方の四国沖まで伸展しましたが,
もしかすると,このときの破壊は,今回我々が提案したスロー地震の領域がバリアとして作用し,
西への伸展を食い止められたのかもしれません。
以上のように,今回の研究結果は,スロー地震の発生メカニズムの解明につながる,
学術的に重要な発見であるだけでなく,海溝型巨大地震の規模を予測するための知見を与える可能性があり,
防災上の観点からも重要な結果です。
|
▲このページの先頭へ
|
○補足説明
※1 スロー地震
通常の地震は,地下の断層が高速でずれ動く(破壊)現象ですが,
通常の地震よりもゆっくりと断層が動くことによって発生していると考えられる現象も見出されてきています。
それらを総称してスロー地震と呼んでいます。
※2 Hi-net(高感度地震観測網)
防災科研が整備・運用している,全国約800点に配置した地震観測網で,
人間活動などによる雑音(ノイズ)を避けて微小な地震波をとらえるために,
地中に掘った井戸(ボーリング孔)の中に,
微弱な振動まで高い精度で計測できる高感度地震計を置いて観測しています。
これらのデータは,インターネットで広く公開され,
地球の内部構造の解明などの基礎的な研究にも活用されるとともに,気象庁や大学にリアルタイムで配信され,
気象庁から発表される緊急地震速報や,大地震から微小地震まで地震の発生個所の特定に貢献しています。
[参考URL]
https://www.hinet.bosai.go.jp/?LANG=en
※3 GEONET(GPS連続観測システム)
※4 深部低周波微動
通常の地震とは異なり,P波(第1波)・S波(主要動)の区別が不明瞭で,
周期0.5秒程度の低周波の微小な揺れが数10分から数日間以上にわたって続く振動現象で,
西南日本の豊後水道から四国・紀伊半島・東海地方を経て長野県南部まで,
約600km以上にわたる帯状の領域の深さ30km程度の場所で発生していることが,
防災科研の研究によって世界で初めて明らかにされました。
その後,世界各地で同様な現象が発生していることが分かってきています。
※5 スロースリップイベント
断層のずれ運動が,地震動を出さないほどゆっくりとしている現象で,
数日から長いものでは数年間継続するものが見つかっています。
豊後水道で1996年から1997年にかけて約1年間継続した現象が国土地理院のGEONETデータを用いた解析によって世界で初めて見出されました。
同様な現象は東海地域や房総半島沖,また世界各地でもとらえられてきています。
また,上記の微動に同期して発生する短期的なスロースリップイベントも防災科研の研究によって明らかにされています。
※6 超低周波地震
通常の地震で良く観測される,1秒より短い周期の波の成分をほとんど含まず,
10秒程度の非常に長い周期の波の成分に富む特異な地震のことで,
そのような地震が南海トラフに沿って発生していることが,
防災科研の研究によって世界に先駆けて明らかにされました。
この地震の震源は,紀伊半島沖から日向灘にかけてのいくつかの場所に集中し,
プレート沈み込みによって海底堆積物から形成される付加体内の5km程度の深さに位置すると考えられています。
|
▲このページの先頭へ
|
図1.
西南日本におけるプレート沈み込み帯の模式図。
フィリピン海プレートという海洋プレートが陸側プレートの下に沈み込んでいます。
沈み込むフィリピン海プレートと陸側プレートの間の境界面は,
浅い部分(約20kmより浅部)ではしっかりと固着して,次の巨大地震を引き起こす歪をゆっくりとためていっています。
一方プレート境界の深い部分では,高温のためにもはや固着できず,定常的にすべっていると考えられています。
その両者の間に,プレート境界面の特性が深さとともに変化していく遷移領域があり,
そこで深部微動が発生していると考えられます。
また,深部微動の発生する領域から固着領域の一部にかけて,長期的スロースリップイベントが発生しています。
さらに,固着領域よりも浅い部分には,軟らかい堆積物などが溜まっている付加体があり,
その中で超低周波地震が発生していると考えられます。
|
▲このページの先頭へ
|
図2.
南海地震とスロー地震群の位置図。
紫のコンターは,1946年南海地震の食い違い量分布。
最大で10メートルほどの食い違いが生じたと考えられています。
その北側に帯状に分布しているのが深部微動の震央です(オレンジの点)。
そのうちの豊後水道付近の活動は南東側(赤色の点)
と北西側(青色の点)に分けられ,
南東側に位置する深部微動がスロースリップイベントに同期して活発化しました。
ピンク色の四角の領域は豊後水道スロースリップイベントのすべり領域を表したものです。
さらに南海トラフに沿って超低周波地震の発生領域が分布していますが(灰色の円),
そのうちピンク色の円で示した場所のものがスロースリップイベントに伴って発生していることが分かりました。
|
▲このページの先頭へ
|
図3.
2001年から2010年はじめまでのスロー地震の活動の推移。
黒の点はGEONET大月観測点
(位置は図2に表示)の位置の東方向への動き,
赤と青の線は,それぞれ図2の赤と青の点で示した位置の深部微動の積算発生回数,
ピンクの線は図2のピンク色の円で示した場所の超低周波地震の積算発生回数を示しています。
灰色の影をつけた期間が,長期的スロースリップイベントの期間を示します。
これをみると,縦の点線で示した時期に,スロースリップイベントの加速と同期して,
赤の微動とピンクの超低周波地震の活動が活発になっていることが分かります。
|