Recurrent slow slip event likely hastened by the 2011 Tohoku earthquake
(2011年東北地方太平洋沖地震が房総半島スロースリップイベントを促進した可能性)

2011年10月31日 プレス発表資料 -> 房総半島沖で「スロー地震」再来
本研究のポイント
  • 防災科研による,30年間以上にわたり安定した,かつ高精度な地震観測により, 房総半島における6回のスロースリップイベント (SSE) の繰り返しを観測
  • SSEの繰り返し間隔は平均68か月(標準偏差16か月)だが,直近のSSE (2011年10月) は前回から50か月と最短の間隔で発生
  • 2011年東北地方太平洋沖地震により,SSE発生域の応力が増加し,その発生を早めた可能性がある
  • 反対に,1987年12月17日の千葉県東方沖地震 (マグニチュード 6.7) により,SSE発生域の応力が減少し, その発生が遅らされた可能性がある (この地震後の最初のSSEは1990年12 月で, 一つ前のものから91か月と最長の間隔で発生)
  • SSEの発生が地震によって影響を受けた可能性を示す初めての事例で,プレート間の性質を知る上で有用な成果
1.はじめに

   関東地方ではフィリピン海プレートが,相模トラフより,年間約3cmの速度で沈み込んでいます。 房総半島沖では,このフィリピン海プレートの沈み込みに伴い,スロースリップイベント (ゆっくりすべり, SSE) がくり返し発生していることが知られています。 この房総半島SSEは,その期間中に,ほぼ同じ場所で群発地震活動を伴うという,日本の他地域で発生しているSSEでは見られない特徴を持っています。 SSEは,海溝型巨大地震と同様,プレート境界で繰り返し発生しているすべり現象ですが,その活動頻度は大地震より頻繁であり,繰り返し発生する様子を観測することができるため,プレート境界の性質を調べる上で鍵となる現象と考えられています。 房総半島SSEは過去約30年間で6回の繰り返しが観測されており (図1), SSEの繰り返し発生,ひいてはプレート境界の性質に関する有用な情報を提供すると考えられます。
   このような房総半島SSEが,前回 (2007年8月) から4年2か月後の2011年10月に再来しました。 この繰り返し間隔はこれまでで最も短いものでした。 この間には2011年東北地方太平洋沖地震が発生しており (図12A), その影響で房総半島SSEの発生が早められた可能性があります。 そこで本研究では,房総半島SSEの発生サイクルが東北地方太平洋沖地震のような外的要因によって影響を受けている可能性について検討しました。
図1
図1: 過去30年間の房総半島沖の地震活動(地震のマグニチュードと発生時刻のプロット)。 表示しているのは図2Bの破線で囲まれた領域の中で発生した地震。 SSE発生時期を灰色矢印で示しています。
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2.2011年10月房総半島SSE

   2011年10月下旬から11月上旬にかけて,房総半島周辺の防災科研Hi-net観測点 [1] の高感度加速度計による傾斜記録および,国土地理院GEONET [2] 観測点のGPSの記録に,SSEによる地殻変動が捉えられています (図34)。 変動の継続時間は約10日間で,GEONET観測点 950226 (千葉県いすみ市,図4B) で最大水平変位 37mmが観測されました。 また最大の傾斜変化を記録した防災科研Hi-net観測点 KT2H (千葉県勝浦市,図4A) では,最初の2日間半 (図3の期間(1)) にほぼ西向きに約0.3μrad [3] 傾き下がった後,北向きに傾斜方向が変化しました (3日間で約1μrad: 図3の期間(2))。 その後変化速度が鈍化し,その後の5日間でほぼ東向きに約0.4μrad傾斜しました (図3の期間(3))。
   またこの地殻変動が現れたのとほぼ同じ期間に,房総半島東岸沖合の領域を中心とするおよそ50km四方の範囲で群発地震活動が発生しました。 この地震活動は,領域の東側で始まり,傾斜記録に傾向の変化が見られた期間(2)では,震央が西方向の房総半島東岸沿岸部に拡大しました。 その後徐々に活動度が下がっていきました。 これらの震源は,SSEのすべり領域の深部端周辺に位置しています (図4A)。
   以上の観測結果は,房総半島SSEのすべりが,房総半島の東方沖で始まり,徐々に西方 (陸側) にすべり領域を移していったこと,またそれぞれの場所のすべりによって,その近辺の地震活動を誘発したこと,を示していると考えられます。 なおこのような震央の東から西への移動は,過去の6回の活動全てで見られます (図5)。
図2
図2: (A) 2011年東北地方太平洋沖地震本震時(紫コンター)および余効すべり (青点線コンター, 2011年10月31日まで)のすべり分布(単位 m) ・1987年千葉県東方沖地震の震源メカニズム (ビーチボール: 震源での断層運動の向きを表す)・太平洋プレート上面の等深度線 (黒点線)。 (B) 房総半島SSEに伴う群発地震の震央分布。 破線の領域の地震活動を図1に示しています。 ピンク色の矩形は2011年SSEですべった領域を示します。
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3.房総半島SSEの繰り返しの検出

   SSE自体は地震の波を出さず,GPSや傾斜計などの地殻変動観測によって捉えることができますが,当該地域において現状レベルの地殻変動観測態勢が整備されたのは比較的最近のため,そのデータだけでは1996年のSSEにまでしか遡れません。 しかし房総半島SSEでは,毎回群発地震活動を伴うことが知られていますので,地殻変動観測よりも昔の記録が利用できる,地震観測結果を利用して,より過去のSSEを探し出すことを試みました。
   まず1996年5月,2002年10月,2007年8月,2011年10月のSSEはGEONETの多くの観測点によって明瞭な地殻変動が捉えられていますので (図34),これらを典型的なSSEと考えます。 その上で,過去に遡って同様なSSEの有無を知るために,典型的なSSEに伴う群発地震活動の時空間的広がりを基準として,それと同様な群発地震活動を抽出しました。 地震活動の検討は,約30年間にわたりほぼ均質で精度の高い,防災科研高感度地震観測網 (関東東海観測網 [4] およびHi-net) 地震カタログに基づきました。 さらに抽出された群発地震活動に関して,SSEを示唆する地殻変動記録 (具体的には防災科研関東東海観測網の傾斜計による記録) があるものを「房総半島SSE」と同定しました。
   この結果,図12B に示した6つのSSEが同定されました。 このSSEサイクルの平均の繰り返し間隔は68か月,標準偏差は16か月となります。 これらの繰り返し間隔の中で,平均値からの差が標準偏差を超えているものが2回あります。 (i) 1983-1990の間 (91か月) および (ii) 2007-2011の間 (50か月) です。 この両者の期間にはそれぞれ (i) 1987年12月17日の千葉県東方沖地震 (M6.7); および (ii) 2011年東北地方太平洋沖地震 (M9.0) が発生しています。 上で挙げた2回の発生間隔は,全ての繰り返し間隔の平均値からの差は統計的には有意とは言えませんが,これらの大きい地震はSSE領域近傍で発生していますので,その影響でSSEの繰り返し間隔が変化した可能性が考えられます。
図3
図3: 2011年房総半島SSEの地殻変動データ. 潮汐成分除去後の傾斜変動・GEONET 950226の変位・日毎の地震数・Hi-net HA2H の気圧・気象庁勝浦の雨量。
図4
図4: (A) 2011年房総半島SSEの断層モデルおよび傾斜変化の分布。 傾斜変化ベクトル(青矢印)・ 傾斜およびGPSデータから推定されたSSEの断層モデル (ピンク矩形赤矢印)・ この断層モデルから計算される傾斜変化ベクトル(白抜き矢印)。 期間中発生した地震の震央分布を橙色の円で示しています。 (B) GPSで観測された水平変位(緑矢印)および, 推定された断層モデルから計算される水平変位(白抜き矢印)。 GPSの基準点(93005),気圧観測点 HA2H,および気象庁勝浦観測点(雨量)の位置を示しています。
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4 地震の応力変化によるSSE発生の促進・抑制

   SSE領域から比較的近いところで発生した,上記の大きい地震の影響を検討するため,これらによる地殻内の応力変化を計算し,SSEの発生場所でどのような力の変化が起こったかを推定しました。 具体的には,CFS (クーロン破壊応力変化)という指標を計算しました。この量が正の値であれば,SSE発生間隔が短縮され(SSE発生が促進され)やすくなる影響を受け,負の値であれば間隔が伸び(発生が遅らされ)やすくなる影響を受けることを意味します。 またその絶対値が大きければ大きいほど,受ける影響も大きいと言えます。
   その結果,(i) 1987年千葉県東方沖地震によって約0.2MPa [5] の減少; (ii) 2011年東北地方太平洋沖地震によって約0.1MPaの増加がそれぞれSSEの発生場所にもたらされたことが分かりました (図6)。 この大きさは,1回のSSEを発生させるのに必要な応力の大部分を占めるほどのものであり (しかし1-2気圧程度の変動), そのような変化によってSSEの発生が早められたり遅らされたりした可能性が高いことを示しています。
   以上の結果は,地震によってSSEの発生に影響を受けた可能性を示す初めての事例で, SSEの発生場所が1-2気圧程度の応力変化に対して敏感に応答することを示していると考えられ,プレート間の性質を知る上で非常に有用な成果と言えます。
図5
     図5: 各SSEに伴う群発地震活動の震央の時空間変化. 横軸に経度,縦軸に時間を示しています。
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図6
     図6: 房総半島SSEすべり域周辺のCFS。 4つの白丸位置での値の平均値を議論しました。
        (A) 2011年東北地方太平洋沖地震による変化; (B) 1987年千葉県東方沖地震による変化。 灰色の四角がこの地震の震源断層。
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謝 辞

   2011年東北地方太平洋沖地震の本震および余効すべりモデルは国土地理院の西村卓也氏よりご提供いただきました。 また国土地理院GEONETのGPSデータおよび気象庁の雨量データを利用させていただきました。記して感謝いたします。
論 文 名

   この成果は,9月4日(アメリカ東部時間)に,米国科学雑誌 「米国科学アカデミー紀要」 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, PNAS) にオンライン掲載されました。

Hitoshi Hirose, Hisanori Kimura, Bogdan Enescu, and Shin Aoi (2012) Recurrent slow slip event likely hastened by the 2011 Tohoku earthquake, Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 109(38) 15157-15161, doi:10.1073/pnas.1202709109.
脚 注

   [1] 防災科研Hi-net 高感度加速度計(傾斜計)による観測
    高感度地震観測網(Hi-net)の観測施設は様々な計器を備えています。 その中の高感度加速度計は,水平方向の微小な加速度を計測することができる計器で,地震の波のような比較的速い変化から,地球潮汐のような非常にゆっくりとした地盤の変動もとらえることができます。 ゆっくりとした変化の場合,その記録は地盤の傾きの変化を表すため,傾斜計とも呼ばれます。 防災科研Hi-netの観測施設では,地面に深さ数100メートルのボーリング孔を掘削し,その孔底に観測計器が設置されています。
    [参考URL]   http://www.hinet.bosai.go.jp/

   [2] 国土地理院GEONET
   [3] μrad
    μrad (マイクロラジアン) は角度の単位で,1μradの傾きとは,1km先の地面が1mm上下するときの角度の変化に対応します。

   [4] 防災科研 関東東海観測網
    防災科研では関東・東海地域に高感度地震観測網を整備し,1979年より運用を開始しました。 この中には2000m級の深層観測施設が含まれ,高感度地震計および傾斜計を備え,首都圏における微小地震の検知能力向上に貢献し,房総SSEに伴う地震活動・傾斜変動が明瞭にとらえられました。 関東東海地殻活動観測網は2003年で運用を終了しましたが,観測施設は防災科研 Hi-net に引き継がれ観測が継続されています。

   [5] MPa
    MPa (メガパスカル) は圧力・応力の単位で,0.1MPa = 1000hPa (ヘクトパスカル) が約1気圧に対応します。